天皇代替りと「いらない!天皇制」の声          

■平成は戦争のない時代?

1989年のベルリンの壁の崩壊、欧州での「冷戦」のおわりは、グローバルな戦争の時代のはじまりだった。日本も自衛隊を海外に派兵するようになり、イラク戦争に参戦した。そこでの航空自衛隊による米軍などの輸送は憲法9条違反とされ、判例で確定した。また、2015年の新日米防衛協力指針の改定と安保法制定により、グローバルな戦争支援の態勢がとられ、軍拡がすすんでいる。アキヒト在位の30年は派兵と軍拡の時代だった。

にもかかわらず、20181223日、アキヒトは誕生日を前に「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵」と語った。その言葉を受けるように、即位式の翌日、201952日付の中日新聞の社説は、「「平成」は戦争のない、平和な時代として歴史に刻印された。天皇は常に平和を祈る存在でもあった点は大事だ」で始まった。

このような「平成は戦争がない時代」の論調の翼賛記事が流されている。アキヒトは歴史の歪曲の源となっている。ここで語られる「平和」はいつわりだ。

■国民を思い、国民のために祈る?

アキヒトは、20168月の退位への意思表示で、国民統合の象徴である天皇の行為として、各地を旅し、国民の思いに寄り添い、信頼と敬愛をなしえたと語った。そのような旅は「公的行為」とされた。旅の先々では過剰な警備がなされた。天皇の権力は制限されているが、アキヒトは象徴の地位を利用し、国民統合に努めた。

公的行為による慰霊、祈りや言葉などは、権力が恩恵をまき、市民の権利を抑制するものとなった。それは何もなかったかのようにする無責任な政治を補完した。その行為は戦争被害者の尊厳を回復するものではなく、戦争責任をとるものでもなかった。アキヒトは国民統合を実行したが、その政治性こそ問われるべきだ。

アキヒトは旅によって好感度を上げ、その発言は安倍首相と違い、護憲的であるという風評をもたらした。君主への共感が作為された。それは奴隷根性や臣民精神を再生産させ、君主制への批判力を弱らせ、天皇の元首化を容認することになりかねない。

■象徴天皇の務めが安定的に続く?

 また、アキヒトは退位の意思表示で、象徴天皇の務めが途切れることなく、安定的に続くことをひとえに念じるとした。その思いが20195月のナルヒトの即位式となった。代替りでのマスコミの報道は天皇賛美一色である。元号は皇帝による時空の支配であり、即位式は天照や神武などを肯定する万世一系の天皇教によるものである。これらは民主主義と人権に反するが、それが示されない。政府は「国民こぞってお祝いしましょう」と宣伝する。

そこにはアキヒトの天皇制存続という政治的な意思が貫徹している。天皇制は政治の産物であり、天皇教と政治の一体化の現実がある。それを祝うわけにはいかない。

■天皇への敬愛・理解・共感?

 憲法も歴史的産物であり、その時代の支配と被支配の関係を反映する。憲法制定にあたり、主権の規定が重要であるが、敗戦と占領の下で、天皇は象徴とされ、主権は国民とされた。天皇の権力は制限されたが、権力機構のなかに残った。

天皇の権力はアキヒトの公的行為による統合力として増殖し、天皇制の安定的存続の意思表示に至った。20176月の退位特例法の第1条には、国民は「天皇陛下を深く敬愛し」、「お気持ちを理解し、これに共感している」と記された。法律の文面に国民の特定の感情が書きこまれた。それが異常とされない。天皇に共感しない国民はいるものだが、共感しなければ、非国民とされるのか。

アキヒトの発言をみると、かれは自身を国民とはみなしていない。即位して「高御座」(たかみくら)から首相をはじめ閣僚、国民を見下すことに、違和感はないようだ。

■いらない!天皇制の声を

中国では皇帝制度を100年以上前に廃止したが、日本では中国から導入した制度を今も続けている。「令和」は中国書ではなく万葉集からとったとし、元号を利用して、政権のアピールがなされ、即位への祝意が強制される。だがその動きは、主権者市民の権利意識を奪い、支配を容認させるものである。

天皇教による代替り儀式は、現憲法の基本原則、国民主権、政教分離の原則に反する。天皇の世襲の男子による皇位継承は女性差別である。祝意の強制は精神の自由を侵害する。天皇一族は特権的身分であり、平等原則に反するものだ。天皇制の存在がレイシズム、ヘイトとテロの源となり、表現の自由を奪う事件を起こしてきた。歴史も歪曲される。

敗戦後、天皇制は存続したが、それが戦争責任、植民地責任の追及を不十分なものとした。冷戦が過去を正当化する政権を継続させ、反省なき戦後と分断が続いた。戦後70年が経っても、天皇制が起こした戦争の被害の歴史は消せない。元号では時代を変えられない。戦争や植民地支配の歴史に向き合い、過去を清算することが、時代を変える。

人権と平和を確立して歴史を市民のものにするために、主権在民の社会をつくるためにも、いらない!天皇制の声は欠かせない。その声が立憲主義を支える。